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Yokattara Yondemite?

 よく読まれている記事です*^_^*♪
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稲垣えみ子のwikiプロフと経歴!!アフロの髪型と朝日新聞退社、節電生活の理由は??年収・出身大学も調査!!

ニュース

 

フリーランサー稲垣えみ子と紹介されていますね。
「フリーランサー」とは「自由契約による雇用者」を指します。

電気代200円節電生活で有名な稲垣えみ子さんが朝日新聞を退社され、フリーランスに転身されました。

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こだわり(?)のアフロヘアが印象的。
一度見たら忘れられませんね。

京都にある金戒光明寺〔こんかいこうみょうじ〕の仏像様によく似ていらっしゃいます。合掌。

さて、そんなわけで今回は、金戒光明寺の仏像について、じゃない、稲垣えみ子さんについて調査してまいります(^_^ゞ

 

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稲垣えみ子さんのwiki風プロフィール!!


【名 前】稲垣 えみ子
【読み方】いながき・えみこ
【英語表記】Inagaki Emiko
【性 別】女性
【誕生日】1965(昭和40)年
【年 齢】51歳(執筆時)
【干 支】巳〔へび〕年
【出身地】愛知県
【家 族】父:元 家電メーカー営業マン/母
【兄弟姉妹】コラムを読んでいると、どうも一人っ子っぽいような?
【最終学歴】国立 一橋〔ひとつばし〕大学 社会学部(1987年 卒業)
【職 業】フリーランサー
【前 職】1987(昭和62)~2016(平成28)年1月 朝日新聞(新聞記者)
【趣 味】山登り
【好きなもの】日本酒
【アフロ歴】2012年から
【結 婚】していません(コラムからも一人暮らし臭が漂ってきます(笑))
【子 供】というわけで、いらっしゃいません(子育てしてたら、冷暖房・冷蔵庫なしの生活はさすがに無理でしょって思いますね)

 

アフロヘアへのこだわり 

アフロ歴は4年ほど。
2012年ごろからこの髪型にしているんだそうですよ。
社会部デスクになる前です。

 

行く先々でいろんな人に笑っていただけるので、平和な感じがしてやめられないとのこと(笑)
生まれて初めてナンパされたりもしたんだとか♪

また、映画はあまり観に行かないんだそうです。
なぜなら、「後ろの人が怒っているのが分かる」から(笑)

 

そして、アフロにしたことについてコラムに綴ったところ、思わぬ反響がありました。
「元気をもらった」というメールや手紙が編集部に宛てて大量に届いたんだそうです。
28年間の記者生活の中で、これほど反響があったのは初めてだったと稲垣さんは振り返ります。

 

ところで、「アフロ〔Afro/Aflo〕」はラテン語で、「アフリカ」という意味があります。
20世紀前半、アメリカの黒色人種間で発生したものだそう。

ある美容師さんによると、何か主張したいことを心に秘めている場合に この髪型をすることが多いようです。

 

え~と・・・稲垣さんの主張したいことは何だろうな???

▼(笑)
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キッカケは、大阪本社の社会部に勤めていたとき、スナックで開かれた会社の親睦会で被ったアフロのズラ。
大阪県警本部との懇親会だったんだそうです。

このとき着けたアフロのカツラが思いがけず似合っていたことから、20年も後になって突然「そうだ、アフロにしよう」と思い立ち、美容院へ向かったんだそうです(笑)

ええっ?! 新聞記者なのに?! という美容師さんの反対を押し切って、アフロにしたんだそうです。
この美容師さんは常識派だったようでアフロに反対され続け、説得するのに5年もかかったということでした。
どうして別の美容院に行かなかったんでしょうかね(笑)

美容師さんがアフロヘアに反対した理由は、実は「稲垣さんが新聞記者だったから」などではなく、6時間もかけてロッドを巻き続けなければならないので、ノーサンキューというのもあったりして。あはは。

 

この懇親会のときは、大阪府警の幹部のも含め、全員がアフロのカツラをかぶって参加したんだそうですよ。

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懇親会は▲こんな感じだったのかな(笑)

 

稲垣さんは髪の毛が剛く太い毛質。
その上に毛量が多く、悩んでいたんだそうです。
サラサラヘアに憧れて、ストレートパーマをかけたことも。

欠点を最大限強調する髪型にしたことで、気持ちは解放されたそうですよ。

 

 

朝日新聞退社の理由

 

どうしてもアフロにしたかったけど会社で許可が下りないため、髪型の自由を求めて退社。

・・・・・という筋書きだったら さらに面白かったのに。ふふ。
でも、残念ながら そうではありません。当たり前だ。

 

1987(昭和62)に入社して以来、高松・京都の支局間を異動
1991(平成3)年より大阪の本社で社会部デスクにて、週刊朝日の編集部などを担当
2013(平成25)年春より論説委員を担当し、その後 編集委員に
2014(平成26)年秋、東京へ

面白い文章を書くということで評判を呼び、社説を担当しました。

今年2016(平成28)年、28年に及ぶ新聞記者生活に終止符。
本当は昨年2015(平成27)年の9月末で退社される予定だったんだそうですよ。

 

「電気をほとんど使わない生活」のコラムが人気を博した稲垣さん、惜しまれつつの退社となりました。 

 

今回、とてもうまく書く自信がありません。
でもとにかく一生懸命書きます。

私、朝日新聞を退社することになりました。
このコラムも今回が最後になります。

 

退社を決意したときに書いたコラムの冒頭です。
不覚にも、ウルっと来てしまいました。

 

退社の理由は、社会への不満などではありません。
平均寿命の半分を過ぎたとき、人生の後半戦をどう過ごすか自分なりに考えて導き出した答えなんだそうです。

「得ること」「拡大すること」ばかりを考えて生きてきた人生から、今度は「閉じていくこと」「手離すこと」へシフトチェンジしていくことに決めたんですって。

近づく人生の終焉に向けて、大きくギアを切り替えました。

 

そんなふうに考え始めた2014年秋より、思いがけずコラムを担当する運びとなりました。
沸き上がる苦しさを抑えながらの1年間だったのかもしれません。

そして、「新聞は誰に読まれているのか」をリアルに見て実感した1年間でもあったそうです。

 

稲垣さんに同感。
人生において大切なことは、失うときになって初めて気づくものなのかもしれません。

 

・・・・・いつまでも あると思うな 親と金 (;一_一)

 

 

稲垣さんの年収は?

 

朝日新聞本社の従業員の年収は、平均にして約1,300万円。
全国区の大手新聞社だと、お給料いいんですねぇ。
平均的なサラリーマンの軽く2~3倍です。


本社の編集局デスクでは1,500万円、部長職だと2,000万円ぐらいに跳ね上がるんだとか。

 

稲垣さんは独身で、論説委員や編集委員など幹部としてお勤めでしたし、勤続28年で年齢は50歳を超えていますから、2,000万円以上はあったのではないかと推察します。

さらに、定年退職まで10年も残しているとはいえ、28年間 勤め上げた朝日新聞社の退職金もかなりのものだと考えられますね。

 

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節電生活で月々の電気代200円台

 

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1か月に使用する電力は2A〔アンペア〕。
料金は 200円代ですと。驚異的 (@_@;)!!

 

手離して初めて見えてきたこと

ご実家のお父様が家電メーカーの営業マンなのに(笑)
カラーテレビがいち早く導入され、友達がこぞって見に来たことが当時は誇らしかったというのに(笑)
電子レンジの展示会で、熱いおしぼりに感動したというのに(笑)

 

スゴいと思います。
でも、子供がいる家庭ではマネできないとも思います。

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節電生活を新聞の記事にしてみたら、批判の嵐だったそうです。
なぜ批判するのか分からないんですが。

「どうやってるのか教えて!」ではないんですねぇ。
世の中、何がもてはやされて、何が批判の対象になるか、本当に分かりません。

不倫夫の妻の対応が称賛を浴びてお株が上がったりね・・・。

 

稲垣さんのお宅では使わなくなったもの

そして代わりに使うようになったもの。

◆テレビ ⇒ もともと持っていない
◆掃除機 ⇒ ほうき
◆炊飯器 ⇒ コンロで炊飯
◆電子レンジ ⇒ 蒸し器
◆冷蔵庫 ⇒ 近所のスーパーが冷蔵庫がわり
 ※ 買ってきたものはその日のうちに食べる
◆ドライヤー ⇒ 自然乾燥
◆洗濯機 ⇒ 風呂の残り湯で手洗い
◆冷暖房 ⇒ 厳しい日はカフェへ
◆お風呂 ⇒ 週に何日かは銭湯へ

社会人になって一人暮らしを始めるとき、引っ越し当日に買いそろえた家電たち。

 

まず手離放したのは掃除機だったそう。
一足先にエコ生活を始めたご友人が言った「ほうきで十分」との言葉を信じ、試したところ、もともと苦手だった掃除が大好きになったんだとか。

ご実家の えみ子さんの部屋は、中年になるまで汚部屋のままだったんだそうですよ(笑)

 

このことをキッカケに、稲垣さんの中で、「手離す」ことが「貧しく不便」なことではなくなりました。

 

便利なものを手に入れることは、自分で考え創意工夫をする機会を失うこと。

確かにそうですね。
子供たちは、天気のいい日でも、一日中 家にこもってゲーム。
遊びに来るときは必ずDSやPSPを持参し、ゲームとテレビと動画を封じると、「じゃあ何して遊んだらいいの???」「ヒマ~~~」なんて言い出します。
我が子がゲーム禁止期間と知ると、誰も遊びに来ません(笑)

私が子供のころは、いつも山か川に居て、タイクツしたことなんてありませんでした。
雨が降ったら、絵を描いたり、本を読んだりしていましたしね。
新しいものではなくても構いませんでした。
同じ本を何度も繰り返し読んで楽しんでいました。
2人いれば あやとりをしたり、トランプをしたり。

 

中でも昔と一番違うのはこれですね。
私たちが子供のころは、一緒に遊んでいると、自然と「リーダー」が立ちました。
ところが、今の子供たちには それがないんです。

例えばスポーツ少年団などで、親が「あなたキャプテンね」と決めれば、それなりにシッカリと役をこなすんです。
でも、遊びの中で自然と誰かがリーダーに・・・ということがなく、まとまりがありません。

便利な世の中に生まれた子供たちの特性なのかもしれないな・・・などと思う次第です。

 

ついに冷蔵庫のプラグまで

2014年の秋、転勤に伴い神戸から東京へ引っ越すことになった稲垣さん。
神戸で月額1,000円以下にまで極めていた電気代。
うかつにも確認不足のまま引っ越しを決めたため、東京の住まいがオール電化。
月の電気代が3,000円を超えました。

 

オール電化住宅での節電に挑戦してやろう、と定めたダーゲット。
残るは冷蔵庫しかありませんでした。

そしてとうとうプラグを抜いてしまったのでした。

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1つだけ困ったことが、お弁当に入れるための「まとめ炊き」冷凍ご飯が作れないこと。
そこがネックだったけれど、「おひつ」を導入したことでアッサリ解決しました。
水分が抜けて硬くなったご飯は お粥〔かゆ〕にして食します。

冬は 作り置きおかずをベランダで保存。
残った食材は干して漬物に。

暖かくなってきたら買い物を減らし、仕入れた食材はその日のうちに消費しました。

 

冷蔵庫のプラグを抜いて稲垣さんが気付いたこと。

自分が生きて行くのに必要なものは、意外なほど「ちょっと」しかなかった。

 

これって、普通に生きていたら気付くことのできない、とても大切な人間の原点ですね。

 

また、稲垣さんはこうも言っています。

プラグを抜いて初めて、この世は親切に満ちているということに気づいた。
昔の人は隣近所でさまざまなものを分け合って支え合っていたということを知った。
便利な家電や道具の普及に反比例して、「ご近所さん」という考え方がなくなっていったのではないか。

 

でも・・・もう一度だけ言わせていただきますけど、子供がいたら、やっぱり挑戦できません (T_T)

 

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本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました *^_^*♪

出典:geinou-resistance.info*seiga.nicovideo.jp*www.mbs.jp