Yokattara Yondemite?

 よく読まれている記事です*^_^*♪
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プリンセスプリンセスが情熱大陸に!アラフィフメンバーが再結成して仙台ライブ!解散理由はそもそも何だった?

 

プリンセスプリンセス〔PRINCESS PRINCESS〕といえば、我々アラフォーの青春そのもの
伝説のガールズロックバンドの名曲たちとともに、部活動で汗を流したこと、今でも続く友情をはぐくんだこと、異性への思いに人知れず涙を流したことなど、数々の甘く切ない思い出がよみがえります。
1990年代のことでしたね。

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今回、情熱大陸のカメラがプリプリの再結成に密着するということで、楽しみにしていらっしゃる方も多いと思います *^_^*♪

そこで、当時の甘苦い思い出にひたりながら、プリプリについておさらいしたいと思います。

 

この人のこの曲も全額寄附ならば非難を浴びずに済んだかも?
 ⇒ 「桜」のキズナver.が超絶不評!河口恭吾のパクリ疑惑を検証!「しくじり先生」で言及される?

 

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プリンセスプリンセスってどんなバンド?

 

もはやレジェンドですね (。◕ ◕。)✧*。

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現在は「50代だって~いやぁねぇ」のオバチャンバンドになってますけど(笑) 

 

プリプリのwiki風プロフィール

 

【名前】プリンセス プリンセス
【英語表記】PRINCESS PRINCESS
【略称(愛称)】プリプリ
【結成】1983(昭和58)年
【解散】1996(平成8)年5月 武道館公演
【再結成】2012年/2016年
【平均年齢】50歳(執筆時)
【所属事務所】

  •  1983~85(昭和58~60)年 TDKレコード
    バンド名「赤坂小町」
  •  1985~86(昭和60~61)年 音楽座
    バンド名「JULIAN MAMA〔ジュリアン・ママ〕
  •  1986~96(昭和61~平成8)年 シンコーミュージック
    バンド名「PRINCESS PRINCESS〔プリンセス プリンセス〕

【メンバー】

  • 奥居 香〔現:岸谷 香〕さん(ヴォーカル)
  • 今野 登茂子さん(キーボード)
  • 富田 京子さん(ドラム)
  • 中山 加奈さん(ギター)
  • 渡辺 敦子さん(ベース/リーダー)

【代表曲(売上げ順)】

  1.  Diamonds〔ダイアモンド〕(1989年4月21日)
     109.7万枚


  2.  世界でいちばん熱い夏(1989年7月1日)
     86.5万枚
  3. ジュリアン〔Julian〕(1990年11月21日)
     58.6万枚


  4. OH YEAH!(1990年4月21日)
     57.5万枚

  5. KISS(1991年5月10日)
     40.1万枚

 

プリンセス プリンセス」と改名してからは、自分たちで歌う曲は必ず自分たちでつくるというポリシーを貫いてきたんだそうです。

プリプリの曲は、どれを聴いても思い出だらけです。
ここには「」を載せませんでしたが、もう涙なしには聴けない曲ですよね。

つるの剛さんがいろんな番組で歌われますが、あれは反則です (T_T)  

  

私のお気に入り

 

私が一番好きな曲は、何といっても「STAY THERE」ですねぇ。

あんまり歌詞を詳しく書いちゃうと罰せられる恐れがあるので遠慮がちに紹介させていただきますけど、「離れてた夏~♪」のクライマックスの部分のメロディーラインがたまらなく青春なんですよ。

試聴できますんで、よかったら聴いてみてくださいな *^_^*♪ 

◆アルバム THE REBIRTH BEST~再会~(2012年)
Disc1の12曲目ですね。

◆アルバム PRESENTS(1988年/2014年)
こちらは9曲目に収録されてます。

STAY THERE」は英語で、直訳すると「そこにいなさい」。
犬の調教・・・(笑)

「こっちに来るんじゃねーぜ」「そこでジッと待ってやがれ」という意味に取れなくもないんですが。

抽象的すぎて、何を表現しているのかよく分かりません。あはは。
離れていてもずっと応援してるからね、私を忘れないでね、みたいなことなんでしょうかね。

 

再結成 仙台ライブ in 2012

 

プリンセスプリンセスは、2012年4月8日の情熱大陸にも出演していました。
16年ぶりの復活を果たした、このときの平均年齢は46歳。
おばんセス おばんセス」にならないよう、「PRINCESS PRINCESS」の名前を汚さないように、(「本当は出たくない・・・」なんて洩らしながらも)頑張っていらっしゃる姿に心打たれます。
  ⇒ https://youtu.be/UbsGgEqBk2o

感想としては、楽器はいったん身についてしまえば「昔取った杵柄」だけれども、ヴォーカルはね、毎日 歌っていなければ、声ってすぐ出なくなっちゃいますよね。
昔の歌手を招いて舞台で歌わせる拷問のような番組がたまに放送されますが、音楽に携わるお仕事を続けていない方に関しては、本当に気の毒でしかありません。
上記のことから、一番苦労したのはヴォーカル担当の岸谷 香さんだったのではないかと個人的には思ってます。

でも、前回の情熱大陸の動画を見て驚きました。
さすがレジェンド。大したものです。
8か月のトレーニングで16年前に負けずとも劣らない声を出していたのには感心しました。

 

番組の内容に少し触れてみる

 

2011年3月11日の早朝、東北地方を襲った東日本大震災。
メンバーは、「プリンセス プリンセス」としてできることがあることに気付きます。

あるメンバーは連絡のつかない我が子の安否を
あるメンバーは夫を
あるメンバーは年老いた親を
そして友人、知人・・・
それぞれの大切な人を思い、かつて感じたことのない不安感と恐怖感に身を震わせたのでした。

数日後、元プリンセス プリンセスのメンバー間で、お互いの無事を確認する内容のメールが回りました。
全員に一斉メールが回るのは数年ぶりでした。

たくさん話をしました。

そして私達は、1人では決してできない大きな支援が 5人集まればできるということを思い出したのです。

2012年、プリンセス プリンセスは、震災復興支援のために、絶対にないと思っていた再結成を決意いたしました。
この活動における収益金は、復興・復旧のために寄付させていただきます。

2012年1月6日
プリンセスプリンセス

(公式サイトより)

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このとき、5メンバーのうちミュージシャンとして活動を続けていたのは1人のみで、1名は教育に携わる者として活躍、3名は結婚・出産を経て母となっていました。

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せっかくやるなら、16年前以上の音楽を・・・!! と練習に励みました。
ライブでは「本当なのよ?」と岸谷さんが笑いながらファンに語りかけていました。

 

富田 京子さん(ドラム)

 

8か月の間、密かに練習を重ね、ライブに挑みます。2012年の再結成に向けての練習では、ドラムの富田京子さんが息切れ(笑)

10年のブランクを感じさせないバチさばきでしたが、体力的には1曲たたき抜くのが限界ダイエットを志しました。
9か月で4キロ落としたんだそうです。

11年前に一般男性と結婚し、現在では2人の子供さんを育てる主婦になっています。
下の子を保育園に預けていますが、延長保育とママ友を頼りに、練習を続けてきたんだそうです。

 

渡辺 敦子さん(リーダー・ベース)

 

リーダーの渡辺敦子さんはバツイチ。
音楽学校の副校長として多忙な毎日を送っています。

ある日の授業風景では、ミリオンセラー「世界でいちばん熱い夏」の譜面を使って生徒さんにベースを教えていました。
あっちゃんが若い生徒さん等に向かって「この曲を知ってる人?」と聞くと、ほとんどの生徒が手を挙げなかったシーンが印象的でした(笑)

彼女は、3・11のとき、何ができるかと考えるまでもなく、瞬間的に「プリプリしかない」と思ったそうです。

はぁ~~~レジェンドのリーダーはやっぱり違います (。◕ ◕。)✧*。
改めて拍手を。

 

岸谷 香さん(ヴォーカル・ギター)

 

ヴォーカルの岸谷 香(旧姓:奥居)さんは、2人の小学生のお母さん。

自分のことは自分でやるように、お母さんがお仕事をするためには あなたたちの協力が必須なのよ、というお話もされたんだそうです。

 

中山 加奈子さん(ギター)

 

ギターの中山加奈子さんは「Voo Doo Hawaiians」というインディーズバンドで音楽活動を続けておられます。

親しかったミュージシャンと8年前にご結婚されたんだそうですよ^^
おめでとうございますヽ(^o^)丿

16年前、武道館で行われた解散ライブのときの近い。

『この解散が正しかった』と思える生き方をします

この誓いを裏切らない生き方ができているのか?
折に触れ、思い出すのだそうです。

 

今野 登茂子〔ともこ〕さん(キーボード)

 

小学校2年生の女の子を持つ専業主婦になっていました。 

『キーボードの人って一番かわいい人でしょ?』って言われてたよ」って今でも言われることがあるんだそうで、それがプレッシャーなんだと。
申し訳ない気がして、本音を言えば出たくないんだそうです(笑)

そんなことおっしゃってましたが、その辺の50歳よりはずっとキレイで、ほっそりしてましたよね^^ 

それに、突発性難聴を患ったことがあり、耳の聞こえも心配だったんだそうです。

夫は俳優で映画監督の利重 剛〔りじゅう・ごう〕さん。
▼この方です。
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この再結成の話に、旦那さまは賛成だったんだそうです。
子供にとって専業主婦のお母さんでしかなかった。
音楽をやって皆に愛されていた姿を1度でいいからぜひ見せてやりたい、と。

 

それぞれの16年―

 

情熱大陸のナレーションに涙を誘われました。

ステージを降りて過ごした長い時間は、決してブランクではなく、彼女たちの生きてきた人生だ。
40歳を超えた今だから出せる音がある。

 

16年前の解散は間違ったものではなかった。

そう思える人生を送ってこられたはずです^^

メンバーのうち3人は、ライブのスケジュールが決まると、真っ先にしなければならないことがあります。
ヴォーカル・岸谷 香さんがお母さんと思われる人物に電話をかけ、子供さんたちの預かりを相談していた姿がとても印象的でした^^

 

再結成のしめくくり仙台ライブ in 2016

 

「PRINCESS PRINCESS  TOUR 2012-2016 再会―FOR♡EVER―」と題して、TOURが開催されています。
プリプリが被災地に贈った ここ仙台PITでも、2016年3月11~13日の3日間にわたりライブが行われました。
このライブを皮きりに、名古屋、大阪などを回ります。 

▼仙台PITの前で、メンバーそろって。
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ライブを見に行けない人のために、映画館でもライブビューイングというのが行われるんだそうですよ!

 チケットの競争率はそりゃもうスゴかったでしょうね。

今回のツアーは「3年ぶりの再結成」ではなく、2012年の再結成の締めくくりとしての活動なんだそうです。

仙台PITが完成し、オープンにこぎつけたことの記念なんですね^^

 

仙台PITってどんな施設?

 

プリプリが2012年の1年間の再結成期間に集めた3億円の寄付金を投じて被災地に建設したライブハウスです。

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音楽を通した震災支援を・・・メンバーとファンの思いが詰まっています

オープン日の3月11日から情熱大陸放送日の今日(3月13日)まではプリプリのライブ、その後はNMB48(チームM)なんかも来る予定になっているようですね。

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(公式サイトより)

4月3日には心屋仁之助さん、4月24~25日は騒動の渦中(もう過ぎた?)のゲスキワも来ます。

 

【開業】2016年3月11日(震災からまる5年ですね)
【URL】http://sendai-pit.team-smile.org/
【Tel】022-393-8818
【所在地】〒982-0007 宮城県仙台市太白区あすと長町2-2
【アクセス】

 

1996年当時の解散理由

 

メンバーの目指すものに食い違いが生じたこと、だそうです。

新しいプリプリを模索しようとしたメンバーと、これまでに培われたプリプリのイメージを大切にしたい、と考えたメンバー。
平行線をたどり、交わることのないままとなってしまったのだそうです。

不仲になって解散するバンドが多いように思います。
私たちが大好きだった「プリプリ」のままで解散した彼女たちは、ファンの気持ちを大切にする素晴らしい心を持った伝説のガールズバンドです。

やっぱりレジェンドは偉大。拍手。

 

ぽっと出の俳優さんかと思っていたら、実は音楽のスゴい人だった!
 ⇒ 石丸幹二が結婚しない理由はゲイ?!飯田基祐に似てる?プロフや経歴も!

 

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知られざる黒(?)歴史

 

プリプリは、TDKレコード ⇒ 音楽座 ⇒ 現在のシンコーミュージックへと移籍した過去があるんです。
バンド名も、赤坂小町 ⇒ JULIAN MAMA ⇒ PURINCESS PRINCESSと改名を重ねています。

順風満帆なミュージシャン人生ではなかったんですね。
だからこそ、人の胸を打つ音楽がつくれたのかもしれません^^

 

アイドルガールズバンド【赤坂小町】

 

プリプリが「赤坂小町」というバンド名で活動していた時期があることをご存じでしょうか?

当時の雑誌記事を見つけましたので、掲載させていただきました。

「なぜ今 赤坂小町なのか? 女子高生なのか?」

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これ読んで憤懣やる方なしな気分にさせられたのが、「『青春エッチ学園もの』で突っ走ろうと思っている」「時代は今や、ヘルシー女子高生の肩口からふとのぞくブラジャーのひもを求めている」というくだり。
全国からヴォーカルと楽器のトップを集めてきておいて、いくら何でもそれはないんじゃないですかね?
私はプリプリの現在形しか知りませんでしたから、本当~に びっくりぽんでした。

もうね、文句をつけたらとめどなく出てきますよね。

「典型的現代女子風楽団 “赤坂小町” 只今山上」とスサマじいコピーでさっそうと登場する女の子5人組みが赤坂小町だ。
デビュー曲は『放課後授業』。
(ホントは『色仕掛けの放課後』ってタイトルにしたかったんだけど、クレームがついてできなかったんだよね、残念・・・・・)
このシングルのコピーが、「ねぇ、放課後しない?」
ちょっぴりエッチしてみたいっていうキャピキャピの女子高生のライト感覚で迫っているわけ。 

サウンドのほうは一風堂の貝岳章がアレンジを担当した今流行りのロンドン・ポップ。 

ホンネとタテマエを都合よく散りばめた歌詞と、ロンドンのファッショナブルなセンス、久々に女性グループとして芸能界を楽しませてくれるんじゃないかという予感でいっぱいだ。

典型的現代女子風楽団(っていう言葉がもう古いですからね。笑)

そんでもって、▼こんなこともさせられていたようです。
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カワイコ・バンドラブ♡レターのテクニックを教える・・・って (;一_一)
オーディションは楽器やヴォーカルの実力でなく、もしかしたら顔で選んだってことなのかな・・・。 

赤坂小町」の名前で活動していたときの動画も発見。
当時はアイドル的なガールズバンドというスタンスで売り出されていたんですよ。
意外な過去でした (ー_ー)!!

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◆デビュー曲「放課後授業」⇒ https://youtu.be/gdk2-xfc1rU

いやーーーん、私の知ってるカッコ可愛いプリプリと全然違う!!!
ビックリしたでしょ?!
奥居 香の無駄遣い!!! TDKに猛抗議したいところです(笑)

ご本人たちにお見せしたら赤面してしまうような、フレッシュで古臭い、キャピキャピした感じの仕上がりになってます。
葬り去ってしまいたい過去かもしれません(苦笑)

f:id:mamamassan:20160313142554p:plain◆◆

あぁ・・・もう・・・ネット上から永久削除してあげてぇぇぇぇぇ (;一_一)

1983(昭和58)年2月20日、TDKレコード(現クリエイティヴコア)主催により、ガールズバンド結成のため、それぞれのパート(楽器/ヴォーカル)の日本一を決定するオーディションが開催されたそうなんですね。

そして、ドラム以外のそれぞれの部門で優勝したのが この4人でした。

  • 渡辺 敦子さん(ギター ⇒ ベース/リーダー)
    中年ゴロし“腰ふり”
  • 中山 加奈さん(ギター)
    ハード・コアな“ハマ・ツッパリ”
  • 今野 登茂子〔ともこ〕さん(キーボード)
    超ぶりっこ“ソフト・タッチ”
  • 奥居〔現姓:岸谷〕香さん(ベース ⇒ ギター・ヴォーカル)
    表裏なしの完全ミーハー人間“おんぶにだっこちゃんスタイル”

ドラムの富田 京子(トロくてオクテ“SMムチウチ”)さんは2位でしたが、優勝者の辞退により繰り上げ当選となったのだそうです。

※後ろに付記したのは、当時の事務所が売り出すときに付けた個々のキャッチコピーっぽいです。

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そして赤坂小町として1984(昭和59)年「放課後授業」でデビューしたわけですね。

デビュー当時は、現在はベースを担当しているリーダーのあっこちゃんはギターを弾いていたそう。
さらに、奥居 香さんはベース担当。

デビューシングルの「放課後授業」を出すころ、メインヴォーカルを決めなければ・・・という話になり、一番若い香ちゃんが担当することになったんだとか。
そして同時に、リズムを担当するベースとヴォーカルとの両立は難しいだろうということで、香ちゃんがベースからギターに持ち替え、あっこちゃんがギターをベースに持ち替えて、チームリーダーと音楽的リーダーとを両立することになったんですって。

 

移籍~アイドルからの脱却

 

当時の所属事務所「TDKレコード」が開催したオーディションに会社側は反対だったため、赤坂小町は事務所にとってお荷物的存在となっていたようです。

事実、ライブもTDK(親会社)のテープ工場だったり、スーパーの屋上だったり。
しかもスーパーからは「近所から苦情が出るので」と急に中止を言い渡されたりと、不遇な扱いを受けたんだそうです。

移籍した理由は「アイドル的な仕事がイヤだった」なんて言われています。
もちろんそれもあったんじゃないかとは思いますが、TDKの事務所にいたら、ミュージシャンとしての未来に夢が持てないことを薄々感じ取っていたんだと思いますね。
そんな折、赤坂小町は、1984(昭和59)年11月、外部からマネージャーを迎えます。
そしてメンバーに移籍を勧めるんですね。

このマネージャーの営団に我々ファンは拍手を贈らねばなりません。
そして翌年の1985(昭和60)年、移籍を決めるわけですね。

赤坂小町時代からずっと、メンバーは、昼間の練習とは別に、夜間に自分たちで別のスタジオを借り、練習を重ねていたんだそうです。
PRINCESS PRINCESS」としてリリースした何曲かの原型はこのころ既に出来上がっていました。

音楽座に移籍した赤坂小町、ここではバンド名を「JULIAN MAMA〔ジュリアン・ママ〕」と名乗りました。
けれども、どうやら音楽座在籍中はミュージシャンとしては鳴かず飛ばすだったようですね。

そして翌年1986(昭和61)年の5月、バンド名を現在の「PRINCESS PRINCESS」に改め、ソニーからミニアルバム『Kissで犯罪〔クライム〕』を引っ提げてデビュー。

シンコ―ミュージックへの移籍をかけたオーディションを受けた

最終的に現在のシンコーミュージックにたどり着くまでの道のりはなかなかに厳しいものだったようですね。
音楽への情熱だけでは食べていけないのが現実、ということが分ります。
さまざまな大人の事情、お金の事情なんかも絡んでくるわけですねぇ。

いちファンとしては、才能が埋もれたままにならなくて本当によかったと思います。

なお、昨今では、CDを出したい、本を出版したい、などの個人の希望をかなえる可能性を秘めた、クラウドファンディングというサービスが展開されているようです。
若い人たちも、夢と希望を持って何かを成し遂げる、という体験を積んでほしいものです。
 ⇒ 夢をかなえたい人、誰かを助けたい人のクラウドファンディング【READYFOR】

 

プリプリじゃなかったかもしれない?!

 

ドラムの部のオーディション優勝者は、現在ミュージシャンとして著名な鈴木祥子〔すずき・しょうこ〕さん(当時は山崎祥子さん)だったんだそうです。

鈴木祥子さんは、小泉今日子が歌って大ヒットを記録した「優しい雨」や、松田聖子さんの「We Are Love」などの作曲者です。

鈴木さんがバンドに入っていたら、当時の「赤坂小町」はなかったわけで、いきおい、私たちの知っている「プリプリ」もなかったわけですよね。

めぐり合わせ人の縁って本当に不思議です。

 

プリプリのメンバーになれる権利?!

 

とんねるずのハンマープライス」という番組で、「プリプリの6番目のメンバーになれる権利」を落札した人が居たそうな。

プリプリの大ファンという2名によってデスマッチが繰り広げられ、最終的には453万円という番組史上最高額での落札となりました。

1995年から3年9か月にわたり放送されてきた同番組の中で落札額が400万円を超えたのはこの放送回のみだったそうです。

解散を発表したプリンセス・プリンセスに、「解散する前に何かくれ」と番組が交渉。
例えばステージ衣装やギターのピックなどの小物、奮発してくれるならば楽器まるごと、というのが番組側の希望だったようです。

でも、太っ腹(?)なプリプリは、「そんなセコい商品じゃ絶対イヤ!」と番組スタッフに告げ、回答を待たせました。
そして数日間メンバーが頭を寄せ合って考え抜き、提供した商品が、「あなたがプリンセス プリンセスの6人目のメンバーになれる権」でした。

このとき既にプリプリは解散することが決まっていたわけですから、新しいメンバーとして正式に迎え入れるというわけではありませんでした。

落札者の一番好きな曲をプリプリのメンバーと一緒に演奏し、PVを撮影します。
※現在ではMV(ミュージックビデオ)と呼ぶようになっています。
この撮影時に身に着けるステージ衣装・アクセサリー等はプリプリがセレクトして準備し、撮影終了後は全てプレゼント。

ファン垂涎の一品ですね!!!

PV撮影終了後、最終的に落札者の方に贈られた商品は、卒倒するほどの豪華なものでした。

  1. 渡辺 敦子さんモデル ベースギター
  2. 中山 加奈さんモデル ギター
  3. 今野 登茂子さんモデル キーボード2台
  4. 奥居 香さんモデル ギター
  5. 富田 京子さんモデル ドラムセット
  6. メンバーのステージ衣装
  7. メンバーの選んだプリプリグッズ
  8. サイン入りCD全タイトル

 

ちなみに、この番組「とんねるずのハンマープライス」では、落札金の一部を阪神淡路大震災の復興支援資金として提供していたということです。
東日本大震災の復興も一部では滞りがちということですから、こういった番組がまた作られ、支援の輪が広がるといいなと思います。 

 

プリプリと私

 

高校ではアルバイトが禁止されていましたが、「労働を知ることは尊い」として親の許可を得、マックでバイトしてました (^_^;)
有線放送では、来る日も来る日もプリプリの曲(と嘉門達夫の『鼻から牛乳』)がかかってましたねぇ。なつかしい・・・。

そういえば、野球部の夏の甲子園大会 予選の試合の応援では、「OH YEAH!」を起用して振付をし、ぽんぽんを持って踊ったものです。 

 

遠くから見てもよく分かるようなオーバーアクション気味のダンスを・・・ということで、大きく見せる振付を心がけました。
ところが後で、球場の反対側から見ていたOBの先輩に「何やってたのか分かんなかったよ」って笑われてしまった・・・という、と~っても苦い思い出と共に、プリプリの記事を締めくくりたいと思います (;一﹏一) 

 

機会があれば、それぞれのメンバーの記事も手掛けてみたいと思います *^_^*♪

 

情熱大陸の記事一覧はこちらです!
 ⇒ 【情熱大陸】― よかったら読んでみて?〔Yokattara Yondemite?

 

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本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました *^_^*♪

出典:amanoaki.exblog.jp*ameblo.jp/blue-rose-secret*youtube.com