読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Yokattara Yondemite?

 よく読まれている記事です*^_^*♪
▼  ▼  ▼

吉椿雅道のwikiプロフと経歴!被災者の声を聴くプロフェッショナルなボランティア手法に迫る!

 

足湯の講習の講師をしている この方、吉椿雅道さんとおっしゃいます。

f:id:mamamassan:20160314203048p:plain

兵庫県神戸市にある国際災害ボランティア団体、CODE海外災害援助市民センターの職員の方なんです。

吉椿雅道さんは、被災者の声に徹底的に耳を傾け、本当に必要なものを届ける、まさに「かゆいところに手が届く」支援を提供するプロフェッショナル

そのご経歴や、世界各地で高い評価を得ているという仕事の流儀に迫ってみたいと思います。

 

被災地への支援を志して再集結した、オトコマエの女性たちです!
 ⇒ プリンセスプリンセスが再結成!! 伝説のガールズバンドが仙台にライブハウスを寄贈

 

スポンサーリンク

 

 

吉椿雅道さんのwikiプロフィール

 

【名前】吉椿 雅道
【読み方】よしつばき・まさみち
【生年月日】1968(昭和43)年
【年齢】48歳(執筆時)
【干支】申〔さる〕年
【出身地】福岡県
【結婚】容子さん(旧姓:斎藤)

 

吉椿雅道さんの経歴

 

幼いころから武道を学び、大学在学中には整体・気功術などの東洋医学を学んだようです。

f:id:mamamassan:20160314213847p:plain
▲時には歌で被災者の方々を勇気づけます。

1995(平成7)年1月17日に兵庫県一帯を襲った阪神淡路大震災。
吉椿さんは、この震災の直後より最も被害の大きかった兵庫区・長田区に入り、ボランティア活動の陣頭指揮を執りました。

その後、ご自身の出身地である福岡県に、県外に避難してくる被災者を支援するボランティアグループを立ち上げました。

1999(平成11)年より2002(平成14)年までの4年間、アジア諸国を訪問。
各地で伝統医療やNGOの支援の様子を見学し、災害支援のあるべき姿を模索し続けました。

2004(平成16)年に起きた中越地震。
吉椿さんはこのときから被災地NGO協働センターのボランティアスタッフとして活動を始めます。

f:id:mamamassan:20160314214029p:plain

ここでは「足湯ボランティア」などの活動を展開したそうです。
被災者の皆さんは身も心も癒やされたことでしょう。

足湯って、お風呂にもろくに入れない避難所生活を余儀なくされた人々にとって非常に有効な支援の手段なんだそうです。

f:id:mamamassan:20160314203229p:plain

狭い場所で何日も、いや、ひょっとしたら何か月も、じっとしていなければならないため、運動不足にもなります。
当然、血行不良が高じてエコノミー症候群に陥〔おちい〕る危険なんかも出てくるのではないかと思います。
人に手足を触れてもらうだけでも、心が癒やされますしね^^

また、吉椿さんらは、2005(平成17)年のパキスタン地震、2006(平成18)年のジャワ島地震では、CODEのスタッフとして現場へ出向き、ボランティア活動に従事しました。
政府の援助が十分に行き届かない場所や、後回しにされがちな僻地などの被災者支援に特に力を入れています。

 

スポンサーリンク

 

 

CODE海外災害支援市民センターってどんな団体?

 

英語で表記すると "Citizens towards Overseas Disaster Emergency" です。

● citizens 市民/住民
● towards ~へ向かって/~へ赴〔おもむ〕
● overseas 海外
● disaster 災害
● emergency 緊急の

1995(平成7)年1月17日(火)の早朝に発生し、6,000人を超える犠牲者を出した阪神・淡路大震災
この震災をきっかけとして、「困ったときはお互いさま」という相互扶助の心で海外の被災地支援を行っているのが この団体です。

吉椿さんはこちらで事務局長を務めていらっしゃいます。

 

【URL】code-jp.org
【所在地】〒652-0801 兵庫県神戸市兵庫区中道通2-1-10
【Tel】078-578-7744
【アクセス】

 

吉椿さんの支援手法

 

被災者の声に徹底的に耳を傾け、本当に必要なものが何かを探り出す手法に定評があるのだそうです。
また、吉椿さんは、継続的な支援の必要性も重視しています。

 

中国の四川省で起きた大震災。
現在では美しい街並みに戻っていますが、当時は悲惨で、現地の人々の気持ちは先の見えない暗闇に包まれていました。

f:id:mamamassan:20160314214338p:plain

f:id:mamamassan:20160314214601p:plain

f:id:mamamassan:20160314214610p:plain

吉椿さんらが四川に入ったのは、震災の発生から3日後のことでした。
崩れた家の中から食料や衣服を探し出し、言いました。

焦らず、ゆっくりやりましょう。
自然には逆らえません。

われわれもお手伝いします。
絶対にまた立ち直れますよ。

被災地の人々は涙をぬぐい、気力を奮い立たせて、故郷の復興に全力を尽くしました。 

この方はおっしゃいます。
何千キロも離れているけれど、気持ちは一緒です。
皆さんが困難に打ち勝つことを願っています。
気を落とさないでください。
勇気を出してください。
再び美しい故郷を築き上げるために、私たちもお力添えしたいと思っています。
一方で災難があれば、八方から支援がある。
必ずや、このいっときの困難を克服できると信じています。

この方たちの倒壊してしまった家を再建し、命と希望をつないだ吉椿さんらボランティアスタッフを心から誇りに思います。
 

阪神・淡路大震災が起きたとき、私たちはちょうど20歳でした。
私は一足先に兵庫県から地元へ引き揚げていましたが、ちょうどその日がハタチの誕生日だった幼なじみは、神戸の中心部で被災しました。
ありがたいことに無事に生きていてくれ、今は旦那さまと3人のお子さんと幸せに暮らしています。

当たり前の毎日をありがたく思う今日でした。

 

被災地支援に尽力したオトコマエな女性たちの記事も読んでみてくださいね!
 ⇒ プリプリが再結成して震災支援!仙台PITでこけら落としライブ

 

スポンサーリンク

 

 

本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました *^_^*♪

出典:blog.canpan.info*code-jp*kobe.coop.or.jp*wokyu.com*youtube.com